病気体験記

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Mika 風の吹くままに

転移しながら乳癌と共に生きています

はじめに

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初めまして。Mikaです。36歳の時に8cmの腫瘍が左胸に見つかり、乳癌のステージⅢbでした。「余命1ヶ月の花嫁」ではありませんが、癌の発見の話を彼にしたところ、プロポーズされ、細胞診の結果、正式に乳癌である告知をされた日に「共に癌と闘おう」と入籍。結婚指輪には、入籍日=癌告知日が刻まれています。入院までの1ヶ月の間に友人たちと蓼科までツーリングに行きました。そこに待っていたのは、サプライズ結婚式。友人がウエディングドレスを夜なべして縫い、教会と牧師さんを手配してくれて、バイクに乗らない先輩や知人にも「Mikaちゃん今週の土曜日蓼科で結婚式をあげるから集まって!」の連絡に電車や車で大勢の人が集まってくれました。ツーリングが名目だったので、Tシャツに皮パンの人、正装の人、さまざまな服装の人たちと撮った記念写真は、笑顔に満ちていました。
その後入院し左乳房と胸筋を切除。緑膿菌に感染したり、リハビリのため100日間の入院。このとき毎日その当時250文字しか入力できない携帯メールで闘病日記を友人に送信していました。その後に退院しましたが、日常生活を普通にしていたところ、極端に腕を挙げる動作がないため、術後の脇がかたまり、腕が30度くらいまでしか挙がらなくなりました。その後左大腿部の皮膚を移植したものの、改善が見られず。
仕事の帰りに1年間リハビリに通い、はじめは挙がらない腕をむりやりpt氏にグイグイ押され、「ぎゃぁぁ痛いぃぃ!」の毎日。でも1年後に寝た状態で初めて左手の甲がベッドに触れた時の驚きと感激。忘れられません。術後の腕の挙がりが悪い方もあきらめてはいけませんよ。奇跡は起こります
 術後は抗がん剤とホルモン治療。ホルモン治療はめっちゃ痛い腹部注射のゾラデックス(卵巣からの女性ホルモンを止める注射)を3年間、ノルバデックスという薬を現在も服用(脳からの女性ホルモン分泌命令を止める薬)、抗がん剤は5FUに始まり、タキソテール、パクリタキセル,ゼローダ。5FUはとにかく吐いた。身の置き所がないくらい気持ちが悪く4日間くらいのたうちまわった。あの薬は正直もう勘弁!
タキソテールも吐いた。外来で点滴を済ませ、会計が終わる頃には吐いていた。即効攻撃ときたか・・・。
パクリタキセルは脱毛でスキンヘッドになった。最初はかつらを使用していたが、人の視線が頭にあるように思え、「えっ?かつらずれてる??」と気になることが多く、めんどうくさくなった。次の作戦はニット帽とバンダナ。でもどちらも裾からまったく髪の毛が出ていない姿が嫌だった。一番気に入ったのが、ワークマンで買った肉体労働者さんたちがヘルメットの下に巻くバンダナでできた頭の形に作られているもの。これはとても重宝したし、値段も500円程度とリーズナブルだった。髪の毛が生えた今でもご愛用中。
最後は、治療で抜けたのだから恥ずかしいことなんてなにもない!とスキンヘッドで出勤した。スキンヘッドになった頃の写真はヤクザのようだった。今思えば抜けたのは髪の毛だけではなく、眉毛やまつ毛もなかったのだ。抗がん剤で髪の毛の抜けてしまった方。眉毛を描くことを忘れないようにしたほうがいいですよ。
抗がん剤もゾラデックスも高額で、1回に3万円以上かかった。毎月豪華温泉旅行にいけるねぇなんて冗談を言っていたけど、正直きつかった。
仕事をしながら抗がん剤治療を続ける日々が3年間続き、そろそろ経過観察に移ろうかというときに、非情にも右肺下葉に3cmの影が。遠隔転移でした。抗がん剤を継続し、一時3mm
まで小さくなった癌は、1年後に再び3cmに戻り、胸腔鏡を使っての手術となりました。
現在の医学はすごい! 肺の下に二箇所穴を開け、胸腔鏡を入れ、腫瘍を切除します。切除した腫瘍が散らないように肺の中でビニール袋に入れ、肋骨の間からメスを入れ開いたところから、ビニール袋ごと出します。切除した肺の中は自動縫合機で縫います。
退院後は、TS1とナベルビンという抗がん剤治療とホルモン治療を継続していました。
ナベルビンは血管を痛め、腕での点滴が不可能となり、手の甲、そして足からの点滴へと変わりました。点滴の翌日は39度の熱、点滴箇所は黒く色素沈着し血管が見えなくなります。
6年間に渡る抗がん剤治療の結果、白血球の減少が回復しにくくなり、狭心症の副作用も出たことから、抗がん剤治療が中止となりました。そして1年が経過し、今度は左肺に影が見つかり、現在経過観察中です。これからどうなるのかなぁ・・・・

●良かったら、お時間のあるときに、この続きも読んでいただけると嬉しいです。
 現在進行形ですので、時々更新しています。ようやく入院中と術後のリハビリ地獄と抗がん剤治療についての話まで進みました。

●また闘病生活の合間に、健康な頃には気づかなかった道端にひそやかに咲いている花や風景の写真を撮り、写真集とエッセイにした「優しい瞬間 -写真集- 乳癌が教えてくれた風景」という体験記もアップしています。気分転換にこちらにもお立ち寄り下さると嬉しいです。
 ショートカット http://lifepalette.jp/palette_book/show/529/230/7862

2009年12月11日 16時05分
体験日 : 2002年08月13日
治療状況 : 治療・入院時/治療
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この本に対してのコメント

  • ぶるどら

    投稿日時:2009年05月23日 22時54分

    闘病記、じっくり読ませていただきました。
    とくに夫さんの手紙やメールには涙してしました…(:_;)
    あんなに素敵な言葉で励ます夫さんに感動し、そんな言葉をかけたくなるように頑張っているMikaさんに感動し、お二人の愛の深さに感動し…!
    お友達からのメッセージも合わせ、いつも周りの人たちと一緒に、正直に生きていらっしゃるんだなぁ、素敵だなぁ~と思いました。
    不安なこともたくさんあると思いますが、闘病記から感じられるご自身の強さ、ご家族やお友達の支えがあるから、きっと大丈夫ですね!
  • よし

    投稿日時:2009年05月19日 10時24分

    こんにちは
    メッセージありがとうございました。
    告知日が結婚の日、なんか感動してしまいました。
    ただ肉体はもちろん精神的にも大変だったことは容易に想像がつきます。
    だんなさまの支えがあってこそでしょうね
    がんになって見えたもの、知ったこともたくさんだと思います。
    べてこれから生きるための糧にしたいですね(^-^)
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