病気体験記

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たかが頭痛が脳腫瘍

よく笑い、よく生き、よりよく死ぬことがモットーの闘病記

診断を受ける前後と今日にいたるまでの記録

10代の頃から、30年にわたって、頭痛に悩まされてきました。

頭痛はひどく、無理してでも眠らないと、治りません。
そして、頭痛がおきると、必ず嘔吐してました。
今から思えば、それはだいたい昼間に、起きていたのでした。 
[ここが違うので、要注意!]

私の母も、20代からよく頭痛で、困っていましたが、40歳頃から、なくなったと、言っていたので、私もきっと体が似ているだけで
そのうち頭痛が起こるのも、間遠くなるだろうと、思っていました。[あまい!]

あんなに苦しい頭痛、我慢しないで早く病院へ行けばよかった、、、
んだんひどくなるばかり、忙しさに自分をごまかして、
市販の頭痛薬と、ユンケルの錠剤で、済ませていました。
知らないうちに、頭の中のできものは、成長を続けていたのです。[こわ〜い、あぶな〜い]

バッグの中にも、机の引出しにも、ベッドのそばにも、私のそばには、必ず頭痛薬、でもこんな人は、結構いるので関係は、あまりないと思う。
私が脳腫瘍と診断される5〜6年前ごろからは、痛みの時刻が早くなっていました。
一旦寝付いてから、夜中にあまりの痛さに、目が覚めてそれから朝まで眠れないのです。
だから毎日睡眠不足。 [それでよくやってたな、ホント]

いくらなんでも、気が付けばよかった。

私の脳腫瘍は 海綿静脈洞髄膜腫 といって良性腫瘍です。それがあんまり大きくなりすぎて、きめられた容積しかない頭の中で、血管や神経をひっぱり、痛みが激しくなっていってたのです。

海綿静脈洞というのは頭蓋底にあって、静脈の中を神経の束が、はしっているそうです。
体のなかでこんな複雑怪奇な、ある意味面白い場所はここだけです、とドクターが言ってました。[私にはおもしろくないぞ]

そこに髄膜腫というものが血管と神経を巻き込み、はびこり大きくなっていました。
髄膜腫というのは100種類以上ある「脳腫瘍」のなかでも、とても固いもので、それが血管や神経を、圧迫していてはたまりません。[知らないということは、おそろしい]

長いあいだかなりひどい 偏頭痛 に悩まされてきていた事が、
「やだな、またきたかぁ」
と、へんになれっこになっていたのがいけませんでした。

いつも行く美容室で
「そういえば手術の5〜6年前頃から、『頭痛持ちの頭痛がこのごろ時間が変わったの』って、髪をやりながら言ってたね 」
と、あとになって同じ美容師さんに言われました。

「おまえの目の開き具合がおかしいのも、ずいぶん前から、俺が言ってたじゃないか 」
と夫にも言われました。
夫婦生活が長いと、相手の話は右から左へ抜けていくだけで、それは全く覚えてないです。(笑)

ねッ いそがしくても、注意は必要ですね。他人の忠告にも耳をかして。

自分の体のことは、結局自分しかわからないのだから、少しの変化でも気をとめないと大変な事になっているかも。
取り返しのつくことならいいけれど、そうでなくなっているかも。 [要注意]

2000年1月のことです。
パソコンの字が見えません
車を運転していて、左右の目の視点が定まらず、危なくて仕方がない。
人と話していて、目をしっかり開けているだけでも、相当疲れると自覚して、やっと病院に行ったのが、一月のおわりでした。

娘に、
「お母さん、ほんとにへんだから、今度の金曜日、ぜったいになにがあっても、たとえお葬式ができても、病院に行ってよ 」
と言われて、実際にお葬式ができてしまったのですが、それは夫一人にまかせて、大学病院の眼科へ行きました。

実はそれより前、1998年8月に一度、眼科に行って診察を受けてます。
父の法事で集まった時、久しぶりに会った姉に、
「なんかおかしい、片方の目がちゃんと開いてない。元気がないようにみえる、、お医者さんに診てもらった方がいいよ」
と言われて行ったのです。

の時の検査は、眼圧測定と瞳孔をひらいて、診てもらっただけで、先生が、
「べつに特別異常はないですよ」
と言われたので、自分でもそれならいいや、一応病院で診てもらったんだから、と安心してました。

この頃は、まだ自分でわかるような症状は、なかったのです。

2008年10月01日 10時42分
体験日 : 2000年01月01日
治療状況 : 診断前/受診
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