病気体験記

_htb_bl

crambonの白血病闘病記

東大病院への転院

まず白血病と診断された近所の大学病院では、本格的な治療は、連休明けの1月13日から、と説明されました。
いわゆる抗がん剤治療で、脱毛したり吐き気があったり副作用があったりしますよ、っていう説明も最初にあったと思います。
ただ、いろいろ整理もあるだろうということで、連休中は自宅に帰宅しました。

そこで、さっそく駆けつけてくれた実家の両親や、妻の両親なども交えて、今後どの病院で治療をおこなうか、話し合いました。
取り急ぎながらも、まわりのみんなが白血病についてと都内の血液内科について資料を揃えてくれて、自分ではどうすることもできないことをしてくれて、本当に助かりました。
自分でも、大学のサークル同期や先輩に当たってみたりしました。
結局、東大病院の血液内科にしようという結論を出しました。
その当時の一番の決め手は、「設備」でした。

いわゆる無菌室や無菌病棟というのが、一番充実しているように感じたのです。
血液の病気、特に白血病は、細菌やカビといったものが一番の敵、命取りになります。
今後、抗がん剤での治療だけでなく、骨髄移植といったことまで想定するかもしれない状況では、できるだけ無菌状態での設備が整っているところ、という思いがありました。

結局、東大病院血液内科では、すばらしい医師の先生方や看護師の方々がいらっしゃったので、ハードウェアだけではなく、すべての面において、この時点でできる限りのベストの選択ができたと思っています。
このとき、相談に乗ってくださった、日本赤十字のSz先輩や、松沢病院勤務のKw先輩(先生)には本当に感謝、感謝の気持ちでいっぱいです。突然の相談にもかかわらず、親身になって調べたり骨を折ってくださいました。(特に、Kw先輩は、同期の血液内科の先生を通じて、東大病院にスムーズに転院できるよう、休み中なのにもかかわらず、いろいろと手助けしていただきました。)
病気になってしまったのは不幸だったけど、大学の野球サークルのつながりで、事がうまく進むことになり、こんなところには運というか、ツキを感じました。

連休中に、なんとか東大病院側にもベッドが確保され、連休明けに近所の大学病院に戻って転院したい旨を伝えました。
結論から言うと、その病院では造血幹細胞移植は無理だったし、いずれ別の病院に移ることになったので最初から、東大病院に転院できたのは、よかったと思います。

次は、私の病名である慢性骨髄性白血病について記したいと思います。

2008年10月01日 12時28分
体験日 : 2004年12月09日
治療状況 : 診断後/診断
前へ 次へ
続きからFlashで読む

この本に対してのコメント

この本に対してのコメントを書く

ログインしてコメントを書く