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crambonの白血病闘病記
- 白血病の発覚(crambonの場合)
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説明にも書いてますけど、28歳になるいままで、本当にまったくいわゆる病気や怪我
とは無縁の人間だったんです。2004年1月5日までは。むしろ本当に健康優良児っ て思ってました。
大学を卒業して、サラリーマンになって、一度転職して、結婚して、娘が生まれて、これから大黒柱としてしっかり稼いでいかなきゃな、と思っていた 普通のサラリーマンです。
それが突然、白血病だって・・・・びっくりです。
もともと、それらしき兆候というのは、言われてみれば2003年の秋くらいからあったのかもしれません。
身長171cmでずっと体重が72、3kgというのが社会人になってからの体型(ちょっと肉つきすぎ?)だったんですが、2003年 秋からちょっと下がり始めて70kgを切っていました。
とにかく2003年は仕事がめたくた忙しくて、毎月80〜100時間くらい残業していましたから、肉体的に も精神的にもかなり参っていたのは事実です。
だから体重減少もそんな状況だからなんだろうな、って思ってました。
当然、そんな生活リズムじゃだめ、というのもわかってはいたんだけど。
で、年が明けて2004年、元旦に実家の盛岡に妻、娘の3人で帰省して、初詣して、温泉入って、あわただしく3日に東京に帰ってきま した。
そのとき、父と温泉に一緒に入りながら言っていたのが、
「12月中旬から足が少し張った感じがして筋肉痛みたいでおかしい」
ということでした。
考えてみれば、そのときにはかなり白血病細胞が抹消血(いわゆる普通の血管)をめぐってしまっていたんだろうと思います。
忘れもしない、2004年1月5日(月)、仕事始めの日です。
私の仕事は、新卒採用なので、年が明けるといろんなことが動き出します。
もう初日からフル回転のつもりで仕事してたんですが、残業時間になって、異変に気づきました。
左足がぱんぱんに腫れて歩けないくらい痛いんです。
それで、なんとか仕事を切り上げて、職場から自宅まで帰りました。
家になんとか到着してスーツを脱ぐと、左足は右の2倍くらいに晴れ上がり、いかにも異常な雰囲気満点。
翌日、会社を休み近所の大学病院の整形外科へ。
足が腫れたんだから、外科行きますよね、普通。
そこでは湿布を出されただけだったんだけど、そこの先生の判断が(今思うと)良くて採血もしました。
で、今週中にまた来るようにって。
当然、明日もあさっても仕事なので、なんとか土曜日にしてくれってお願いして帰りました。
ところが、その午後のうちに病院から電話があって、
「なんとかあさってにも来てくれ」
とのこと。
やっぱり普通の筋肉痛じゃないのかな、といった不安を胸に、木曜日に再度病院へ。
そこで、すぐに内科にまわされ、
「すぐに入院です。数ヶ月は治療が必要です」
といわれてしまいました。
このときにおこなった胸から針で骨髄を取り出す骨髄検査(マルク)が最高に痛かった!!(マルクについてはまだどこかで説明したいと思います。)
夕方には、白血病の疑いが強いことを家族と自分に説明され、数日後には治療をはじめ ることを説明されました。
それが2004年1月8日。
その日から、毎日日記をつけ始めました。
自分の、病気と闘って行く記録を残そうと思ってね。
本当にびっくりしてしまったけど、その日の日記は自分で読んであとでちょっと感心し ました。
「2004.1.8
(最初略)
ここは俺の気持ちの持ち方1つでしょう!!どんな病気であれ絶対に治す!!
そうじゃなきゃうちの大黒柱としての名がすたる。
見てろよ、(妻の名前)、(娘の名前)。男としての立派な姿を見せてやるぞ。
(その後略)」
白血病は、決して気持ちで治るような病気じゃありません。
昔より治すための方法や手段は増えているとは言っても、はっきり言って、本人とその家族は、生か死か、その恐怖に間違いなく脅かされます。
でも、私自身は、最初、この病気に直面したときに、絶対に負けないという強い意思を自分に 約束したことが、そして妻が何の迷いもなく自分の病気の完治を信じてずっと側にいて くれたことが、現在のいまの自分につながっているんだ、って信じてます。
・・・・つい力が入って長くなってしまいました。
次回は、東大病院への転院と、私の正式な病名、慢性骨髄性白血病(CML)について記そうかと思います。 - 2008年10月01日 12時25分
- 体験日 : 2004年12月08日
- 治療状況 : 診断前/検査












