paletteダイアリー

感謝! ライフパレットのオープン!! &僕のライフパレット原点

待ちに待った、LifePaletteがついにオープンしました。
はじめまして。LifePaletteを運営する株式会社メディエイドの吉田直樹と申します。ほぼ日刊で、このダイアリーをはじめたいと思います。末永く宜しくお願いします!

このサイトは、まだアルファ版ですから、これから色々と面白い企画、役に立つ企画が次々にアップされてきます。僕たちが考えている、一番大切なことは、患者さん、そしてその周辺の皆さんの体験を共有するということにあります。そのための色々な工夫をしていきますので、会員の皆様、そしてこの画面をご覧になっていただいている皆様の、ご協力をお願いいたします

まず、この日記は感謝!で始めさせてください。
このサイトの立ち上げに協力してくださった皆さんに心から感謝申し上げます。LifePaletteのプロジェクトの全員! 身内ですが、まず、身内に感謝をさせてください。よいアイデアも、形にならなければ、サービスになりません。形にしてくれたことを、情熱を持って、寝ずの日々を過ごしてくれたことを、まず、感謝しま

中川さん!中川さんの後押しと、私どもに対する信頼がなければ、本当にここまでたどり着くことができませんでした。焦りもありましたが、医療を取り巻く俯瞰図をいつも示してくださる中川さんとのお話しの中で、いつも励まされております!

いいなステーションの和田さん、平原さん。いっぱい議論しながら、この日を迎えることができました。最高の笑顔と、人生をかけて患者さんと向き合う仕事をされているいいなステーションさんとのコラボがなければ、勿論、このサイトは生まれませんでした。これからもよろしく!

平岡さんと二川さんをはじめとする、ギフトの皆さん! 山下さんと本田さんをはじめとする、アカリの皆さん! 小田さんを始めとするイーガーディアンの皆さん! ウェッブキャリアの斉藤さん!! リチェルコの本多さん!
書き切れませんが、色々な方のご支援とご理解があってこそできました。

本当にありがとうございます。

このサービスを始めることになったきっかけは、社員、メンバー、それぞれです。そんな個人的な思いを、この場所を借りて、つづっていきたいと思います。

幼稚園(二年制)の年少組のはじめの先生が、五賀千代子(ごが・ちよこ)という先生でした。既に年配と言って良い年代で、私の通っていためぐみ幼稚園の先生方の中でもリーダーのような存在でした。五賀先生は、その後、数ヶ月で、病に倒れられました。スモン病という病です。

入退院をそれからずっと繰り返し、10数年闘病生活を送られました。
僕の人生の節々で、五賀先生は、現れてくれました。
小学校を卒業した時も、中学を卒業した時も。クリスチャンであった先生を教会でも時々お見かけしました。そんなときは、本当に、最高の笑顔で、僕に接してくれました。
中学生の時のことです。再入院されたということで、病院に家族でお見舞いに行ったとき、先生のお姿を見て、僕は泣いてしまいました。私の母も姉もそれにつられ、涙してしまいました。そんな僕たちを見て、五賀先生は、やさしく、「泣かなくてもいいよ。直樹くんたちが来てくれて本当にうれしいから」と言ってくれました
私のダメ経験のハイライトの一つです。何のためにお見舞いに行っているのか・・

高校2年でアメリカに行くことになり、その直前に、五賀先生がまた入院されたことを知りましたが、出発の直前で、お見舞いに行くことができませんでした。
母に僕の思いを託し、暫くして、母から手紙が来て、五賀先生のお見舞いにいってくれたということでした。その頃は(28年前です)まだ携帯もインターネットもなく、国際電話というのも、結構大層な時代で、殆どのやり取りはエアメイルでした

数ヵ月後に来た母のエアメイルは、「悲しまないででこの手紙を読んでください」と始まっていました。五賀先生がお亡くなりになったこと、初めて、母が、五賀先生の息子さんに会ったこと。息子さんが、僕たちの知らない いろいろな五賀先生のことを話してくれたこと。先生は、杉良太郎の大ファンで、体調のよい時には、杉良太郎のコンサートに行くのを何よりも楽しみにしていてたこと。お前は、杉良太郎の流し目が気持ち悪いというけれど、五賀先生は大好きだったんですって。だから、人の悪口はあまり言わないでねと最後に書いてありました

闘病に闘病を重ねた五賀先生が、杉良太郎が好きで(それも何だかものすごく先生のイメージに合わなかったのですが・・)、苦しい闘病生活の中にも、そういうモーメントがあったことを知り、僕は、その手紙を何度も何度も読み返しました。

読み返すうちに、オレは、五賀先生のことなんて、何にも知らないんだなと。でも、五賀先生が、いつも、オレのことを好きでいてくれたことは本当なんだなとも。そして、本当に、オレは、五賀先生のことが大好きだったと。
それ以来、杉良太郎さんをテレビで見るたびに、五賀先生のことを思い出しました・・

この数年。ライフパレットを始めるにあたり、たくさんの患者さんにご協力を得、お話しを伺いました。病を得ながらも、人生を切り開いていく、達人のような方にもたくさんお会いしました。一方、病と闘いながら、そのしんどさに耐え切れないでいる方々にもお会いしました。
僕の知っているのは、その方々の人生の、ほんの、本当にほんの一部にしか過ぎません。

正直言って、まだどんなことを、このLifePaletteで実現していけばよいのか、本当に分かっているのかどうか迷っている部分もあります。
ただ一つ。皆さんの体験を、少し、共有させていただくことで、たくさんの患者さん、その周りにいるご家族、ご友人が、どれほど勇気付けられるかということに関しては、色々な患者さんのお話を聞く中、確信しているところでもあります。

五賀先生のことを書かせていただいたのは、そういう思いからです
先生が亡くなってもうすぐ25年以上が経ちますが、それでも、今でも、あの最高の笑顔を思い出すことができます。お見舞いに行って、泣いてしまうなんて、ダメオの僕ですが、本当に包むような笑顔で受け入れてもらったことは、忘れることができません

あの笑顔のおかげで、このサービスを考えることが出来たのだとしたら、それは、とても不思議なことだと感謝せざるを得ません。

初日ですので、ちょっと前置きが長くなりましたが、明日もよろしくお願いします!

2008年03月06日 13時14分

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コメント一覧

  • Enpyo

    oyabun

    2008年03月06日 17時29分

    吉田さん、素晴らしい心温まる逸話を有難うございました。いつも話していて感じる、あのエネルギッシュな生き方の背後にある「ものがたり」の1つに触れたような気がしました。本プロジェクトも、そんな魂のこもった満を持したものであると容易に推察できます。

    このサイトには色々な役割があり、少しずつその実態が見えてくるのだと思いますが、役割の中で最も大きなものの1つは、まさにパレットのように色とりどりな患者さんの「直接体験」を蓄積・整理し、広め、語り合いの場を提供することで、体験に関するインプットとアウトプットの大きなウネリを起こすことではないでしょうか。

    この「ほんものの体験」の力がどれほど凄いものなのか、それがどれだけ社会にとって強力な「リソース」に成り得るのかの、Life Paletteは壮大な実験場でもあると感じています。5年後には、我が国では「医療リソース」の1つとして当然のように認知される存在になれるだろうと大いに期待する本プロジェクトに、微力ながら今後も協力できることは誠に光栄です。

    "Nothing in life is to be feared, it is only to be understood."

    -- Marie Curie
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    よしだ・なおき

    2008年03月06日 17時51分

    平原さん
    ありがとうございます!親分、っておれのことかと勘違いしてしまいました(爆笑!)
    本当にこの日を迎えることが出来て、感無量です。
    感謝するしかありません
    今日は長文でしたが、継続は力なり!短くても毎日続けるつもりです。
    色々これからが大変ですが、なにとぞなにとぞ宜しくお願いいたします。
    吉田拝
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