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- 父のアルツハイマー病発症
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昨年10月頃から、家族全員が「お父さん様子がおかしくない。」等と夕食後話をし始
めた。中旬に専門医の指示によりCT検査えお行った。カウンセリングと簡単な問診を 行い結果が出た。専門医によると「今から約3年前からアルツハイマー病に罹っていた 。ここに来て症状が悪化してきてるようです。」との診断結果が下された。
その症状とは、過食・睡眠障害・失禁・昼夜の逆転・多動等です。90%は心臓にペースメ ーカを装着している母が介護に当たっています。
そんなある日の夜中、父がトイレに行った帰りに転倒し、股関節を骨折してしまい、入院し今ではリハビリの毎日です 。
一般病院は、入院代も高額で月額25万円は掛かります。只今、高齢者保険施設と特養に申し込みと手続き中で大変な、毎日をおくっています。
母は、毎日のように通院し、心臓にペースメーカを装着している母が介護に当たっています。休暇く らいしか介護のために行けず時々辛くなります。
全国にアルツハイマー病の患者と家族がどの位いるのか分かりませんが同じような辛い毎日を強いられていると思いま す。
今では、すっかり私の父ではなく個人となってしまっている様子が寂しくてなりません。名前さえも言ってくれません。家族も少々「鬱」気味です。
記憶にあるのは、母の事だけとなりました。私以上に母は辛い日々をおくっています。心臓が 気掛かりでなりません。一日でも早く母が楽できるように祈っている毎日です。
アルツハイマー病は、癌より怖いと痛感しています。完治が無いからです。
父が最も悪化するのは、夜中です。寝巻が全て尿や便で汚れ脱ぎ捨て大きな声で「おおい。」 と叫ぶのです。現在は、病院に居るので家族は眠れます。しかし、夜勤の看護師や介護 師の方は弱り果てています。その朝、電話で様子を伝えてくるので、母は、謝り通しで す。
従って、入院するまで家族は全員寝不足で、母の事が私も姉も気掛かりでなりませんでした。夜中に母は洗濯をし新しい寝巻に取り換えると今度は過食です。コロ ッケパンを2つ食べ、更におにぎりを2つ食べ、煎餅や飴を食べ、サイダーを飲んでは トイレに行くことを繰り返していました。
私が一番苦労したのは、入浴です。裸の何処も掴む場所がない父を浴室まで連れて行くのです。少々腰が痛くなりました。そ の浴室で転ぶのです。私と姉で助け上げ2人ともびしょびしょになりました。これと同 じことを看護師や介護師の方が行っているかと思うと申し訳なさで一杯になります。
今病院で何しているのだろう。騒いではいないか。また失禁して夜勤の看護師や介護師の方に迷惑を掛けていないか。何か食べ物はないかと騒いではいないだろうか。な どとつい考えてしまうのが午後9時頃です。これからが症状の悪化する時間帯なので心 配でなりません。面会時間は、午後12時から20時までですが出来れば介助のために 行きたいと考えたりしています。しかし病院の規則は厳守なので行かれません。やるせ なさで一杯になります。
父も87歳なので、平均寿命はとっくに超えています。私の我侭なのですが出来れば亡くなった方が父にとっても家族にとってもかえって幸せ なのではと考えがちになるのも今頃です。
人間、食べる、歩く、考える、排泄するといった行為が自分で出来なくなったら幕切れも近いと思います。
アルツハイマー病とは、自分のことでさえも分からなくなるとコンピュータで検索したら書いてあ りました。そうなる前に出来れば亡くなって欲しいと思います。余りにも悲しすぎるか ら。老人斑βタンパクの脳への浸潤が原因であることは研究などで分かってきています がなぜ老人斑が出来るのでしょうか。続く
2/6母と仕事の関係で約2週間見舞いに行っていなかった。デイルームという食事をする部屋に、車椅子に乗せられポツ ンと一人だけでお茶を飲んでいた。
すっかり2週間とは違っていて驚いた。一回りも二回りも小さく見えた。
持って行ったチョコレートロールパンと蓬大福、板チョコを眠りながら食べていた。これから入浴でデイルームで待たされていた。30分 後くらい後に入浴しトイレをすませると疲れたのか車椅子上で眠ってしまった。担当の 看護師に「ベッドに横にならせてください。」と頼んだ。10分くらい後にようやく介 護師の手によってベッドに横になれた。少し頭を可動式のベッドで上げた途端にいびき をかきながら寝てしまった。
大きなショックを感じた。余りにも衰弱しきっている様相で、とても私が悪事を働くと怒鳴りつけた父と同じ人物とは思えなかった。母は 、その頃にはすっかり疲労していて寝たのを幸いに帰宅した。母はきっと後ろ髪を引か れる思いであったに違いない。
パンっと張っていた父の頭が小さくなったような気がしてたまらない。大変ある意味で頭の良い父とは別人であった。あらためてアルツ ハイマー病の恐ろしさが私にのしかかってきた。
実に憎い病気だ。父もそう感じているに違いない。俺って何と常に思っているのだろう。
早く病院ではなく、保険老人介護施設と特養で暮らして欲しいと思った。病院のように遽しさが無いからだ。 ゆったりと介護福祉士が父のペースで介助をしてくれるからだ。食事やトイレ、入浴や 散歩も共にしてくれるからだ。希望的観測ではあるのだが父も今より明るくなれると思 っている。時間がゆっくり過ぎるからだ。続く 2010年02月03日 23時26分
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体験ワード : 日々つれづれ

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