『がんと向き合って』(晶文社 2002/07) 

上野 創さん(精巣がん)

「闘病記」というと書籍のイメージですが、僕の書いた「がんと向き合って」は新聞連載でした。朝日新聞の神奈川県版に、約1年にわたってつづったものが、そのまま本になりました。本文は直さず、前書きと後書き、それと妻の書き下ろしの文章を加えました。

記者が個人的な闘病体験を連載することには、僕も周りも抵抗がありました。他人に取材して書くのが仕事なのだから、自分の体験をどっさり書くのは当時、ほぼタブーでした。百戦錬磨のベテラン記者ならともかく、20代の若造です。さらに、やっと退院したのに、苦しくて大変で、あちこちから批判されるようなことを敢えてやるという踏ん切りはつきませんでした。

でも、2回目の再発を告げられたときに腹を決めました。

新聞は健康で元気な人が「ニュース」を書いている媒体です。病気など困難に負けずに頑張っている人の記事もあるけれど、やっぱり当人の気持ちに深く寄り添うのは難しいし、字数の制限もある。関心も表現も、あくまで「元気な人」に軸足が置かれていると感じていました。

記者が20代にしてせっかくがんになったのだから、当事者として表現してみることには意味があるんじゃないか、それを読んだ人から反応があるだろうから、取材に行って記事を書けば、本当の双方向的な企画になる、と思ったわけです。信念はあったけれど、どうなるかわからない行き当たりばったりのスタートでした。

案の定、ふさがりかけた傷口をもう1度、切り開くような執筆作業は、七転八倒の苦しみでした。闘病の厳しさを伝えたいけど、不幸自慢はしたくない。書き方について、こんなに迷ったのは初めてでした。さらに、「やめさせろ」といった声が社内からあがり、「上野のキャリアのためにならない」と心配する人もいました。でも、すでに、肺転移が2回も再発し、助からない可能性も高まったのだから、「批判はともかく、やるべきと信じていることをやろう」と思えて書き続けられたのです。

がんと向き合って
  • 『がんと向き合って』
  • 上野 創 著
  • 出版社: 晶文社
  • 発売日: 2002/07
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手記の1回目の掲載翌日からメールやファクス、手紙で反響が寄せられ、連載が終わるまでに1500通ぐらいになりました。励ましだけでなく、自分の体験や考えを書いてくれた人が多くてうれしかったです。返事を書き、会いに行って話を聞き、いくつもの記事を書きました。

1年の連載期間中、最大の心配はやはり再発でした。でも、そうなったら「病床ルポ」を書けばいいと開き直りました。病や死別、鬱などでつらい思いをしている人のなんと多いことか。その深い苦しみを抱えながら懸命に生きている人のなんと多いことかと改めて知ったから、「再入院」ということになっても孤独感は薄れると思いました。

現在は、定期的に検査を受けながらも忙しく働いています。教育などの報道を担当しながらも、時折、人の生き死にや試練に関する記事を書いてきました。いつも、「いのち」に関する記事を書きたいと機会をうかがっています。

闘病は本当につらいことの連続でした。でも、生活の全てがつらさと不安だけで支配されていたわけではありません。闘病中にだって幸せを感じる瞬間や周りの人への感謝、新たな発見がいくつもありました。いや、むしろがんになって初めて気づいたことが実に多くありました。病も治療も大変だけど、人生のすべてではない。支配される必要はないのだと信じています。

上野 創 さん

上野 創(うえの・はじめ)

1971年生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒業。
1994年、朝日新聞社入社、長野支局、横浜支局を経て、2001年9月から東京本社・地域報道部員兼社会部員。
2000年10月から約1年間、朝日新聞神奈川版で、闘病体験の手記「がんと向き合って―1記者の体験から」を連載。
その後、東京総局を経て、社会部。主に教育を担当した。

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