患者会の歴史
始まりは、生活保障
戦後の患者会の先駆けとして有名なのは、結核の患者さんたちによって結成された「日本患者同盟」(1948年)、ハンセン氏病患者さんたちによる「全国ハンセン氏病患者協議会」※1(1951年)です。当事、結核やハンセン氏病になると強制的に隔離されていたため、患者会の役割は自身の生活保障や偏見排除を求める社会運動が主なものでした。
※1)1996年から全国ハンセン病療養者協議会と改名
障害者対策の充実
続いて声を上げ始めたのは障害を持つ人々でした。知的障害の子どもを持つ母親が立ち上げた「精神薄弱児育成会」※2(1952年)、身体障害者の団体として「日本身体障害者団体連合会」(1958年)などが設立されました。障害者に対する様々な対策に対して、当事者の声を届ける大切な役割を果たしていました。
※2)1995年に全日本手をつなぐ育成会と改称
賠償請求
高度経済成長期(1955〜1973年)になると、公害による被害が続出し、被害者の会が結成されます。「サリドマイド児親の会」(1963年)や「カネミ油被害者の会」(1969年)、「水俣病患者同盟」(1974年)などがその一例。被害者の会は、国や原因企業を相手取った損害賠償請求を提訴し、裁判で戦い続けました。
交流を求めて
日本で最も多く患者会が発足したのは、高度経済長期から低成長期へと移る70年代前半からです。現在、最も財政基盤が大きく組織率が高いといわれている「全国腎臓病協議会」(1971)を始め、様々な病気の患者会が設立されました。医療が量的充足から質的充足に向かう中で、運動型ではなく、交流型の患者会も増えていきました。
ネットでのつながり
90年代半ばから一般向けにインターネットが普及し始めると、住んでいる場所を中心に集まっていた従来の患者会から、場所や時間を限定しないインターネット上の患者会=ネット患者会が出現しました。これにより、従来は患者会がなかったために、同病者と出会ことができなかった人たちの交流が可能となりました。
政策への関与
患者会の役割として、「医療政策に患者の声を届ける」ということが改めて見直されるようになったのは2000年の半ば頃からでしょう。2005年には部位を超えたがん患者会が複数集まり、「がん患者大集会」が開催されました。また、2008年には「患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会」が発足しました。政府の医療政策に対し、当事者の視点から発言することを目的としています。よりよい医療を受けるために患者が声をあげる。その発信源のひとつとして、いま、患者会が見直されています。
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