子から見た親のがん

中村 数子さん
フリーライター・編集者

私は、父を、犬死にさせない

2004年の暮れ、70歳父が原因不明の高熱で入院した。年明け、種々の検査をした結果、病名は悪性リンパ腫と判明。血液のがん…当時から数えて14年前に胆のうがんで母を亡くしていた私は一瞬、目の前が暗雲ですっぽり覆われたような気持ちになった。しかも主治医によれば、予後は厳しく予断を許さない状態だと言う。

母の闘病生活が脳裡をよぎった。当時はインフォームドコンセントも定着しておらず、息を引き取る瞬間まで、医師や看護師、家族から嘘をつき通されていた母。自分の体、自分の病気、自分の人生なのに、本人だけが事実を知らされていないなんて、おかしいのではないか? それでどうして、自分らしい生き方、自分らしい人生の幕引きができるというのだろう? 

でも、当時20代で社会経験も少なかった私は、そうした疑問を医療関係者に話すことすらできなかった。素人の家族としては専門家にお任せするしかないと、ただ主治医の言うことに従うのみだったのだ。母は最期、気管を切開され言葉を失った。その顔はもう、私の知っている快活な母ではなく、虚ろにまぶただけを見開いた魂の抜け殻のようだった。そして臨終…。

当時は知識もなくてわからなかったが、いまにして思えば母の死因は、直接がんによるものではなく、免疫力が低下したことによる院内感染だったのだろう。

そして、残されたたった一人の親である父の死と向き合わざるをえなくなった今度こそ、同じ轍は踏むまいと、心に固く誓った。そしてそれを、ノートにはっきりと書いて宣言した。「私は、父を、犬死にさせない。これが父の寿命でない限り、絶対に父の命を救う」。それは私の、全身全霊をかけた祈りでもあった。

父は入院中、化学療法を受けていた。強いステロイド剤を服用していたため、感染症への抵抗力が低くなることが懸念された。あらゆる手を尽くして父の免疫力を高めたいと思った私は、インターネットで情報を調べ上げ、「免疫療法」というキーワードにたどり着いた。また、多種多様な代替療法を取り入れているO病院でセカンドオピニオンを得たい、とも考えた。

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