【THE仕事人】和田 ちひろさん

患者さんのあったらいいなを実現する市民団体『いいなステーション』代表

医療の世界に足を踏み入れてから、はや十数年以上が過ぎ去ろうとしている。患者の視点に立った医療とは何かを考え続けてきた。学生時代からただひたすらに走ってきたこの道は、決して平坦なものだったとは言い難い。
「患者」でもないのに――?そんな批判を耳にすることもあった。それでも、活動を続けてこられたのは、やはり患者さんの役に立ちたい、その思いが強ければこそだ。いまは1歳の息子と奮闘しながら、新たな医療の課題と向き合う日々。

もともとは、ジャーナリストになりたかった

在籍していた慶應義塾大学では、新聞研究所(現・メディア・コミュニケーション研究所)に所属し、女性初の委員長も務めた。大学2年のとき、大学4年生の10月から正式内定という日経連(現経団連)と大学側の就職協定(1997年に撤廃)とは裏腹に、青田買いで早々と内定をもらっている先輩たちの姿を見て、建前と就職活動の実際とのミスマッチに気付いた。
単に「気付いた」、では終わらないのが和田の和田たる所以だ。
友人たちと「導火線(どうかせん)」という慶大生のための就職本を作成し、大学生協で販売を始めた。新聞社、テレビ局、広告代理店、商社などから内定をもらった先輩にインタビューをし、内定に至るまでのプロセスや成功の秘訣を聞いた。足りない分野の会社があれば、自身が就職試験を受けにいった。
デパート業界の情報が足りなかったときのこと。高島屋の面接で、‘どんなデパートがあったらよいと思われますか?’の問いに、‘病院に医療・介護のものだけを扱ったデパートがあれば、患者さんたちや職員、またお見舞い客だけでなく、地域の方も気軽に来れてよいと思う。’と答え、面接官に呆れられた。
先輩たちの生の声はまさに学生がほしがっている情報そのものだ。たちまち学生の間で話題となったが、就職協定が破られていることを公にしたという理由で就職部に呼び出され、発禁本となるも、結果的にはなんと3000部を完売。売り上げ金は、老人施設でのクリスマスや七夕パーティーなどでのミュージカルに投じた。サンタクロースの衣装を着て、プロのダンサーも含めた有志で演じたことは忘れられない思い出だ。

体験者の声は強い!!

この活動を通じて和田が得たのは、体験者の生の声はどんな情報にも勝りうるという実感だ。先輩の実体験の情報を後輩に届ける。これは、「先輩患者の声を後輩患者に伝える」、「後輩患者に先輩患者との出会いの場を提供する」、という現在に至る活動にそのまま通じる。

病院から帰ってきた祖母のつぶやき、「疲れちゃった・・・」

医療へと入るきっかけは自身で振り返ってもこれといったものがあるわけではない。けれど、和田は導かれるように医療の道へと進んでいく。その一つに、同居していた祖母の存在がある。血圧が高く、診療所に通っていた祖母の「疲れちゃった・・・」というつぶやき。体調をよくするために行っているはずの医療機関から疲れて帰ってくる祖母の姿に疑問を抱いた。
「ホテルやデパートのようにアメニティやホスピタリティにあふれた、患者さんにとって本当に快適な病院があってもよいのでは?」

スクラップした記事は、どんなページでどこに何が書かれていたのか、いまでも鮮明に覚えている

そんな思いを抱える中、和田が目にしたのは、『アエラ』に掲載されていた病院のアメニティを取り上げた記事。当時スクラップしていた記事は、振り返ってみればなぜか医療関係ばかり。赤ラインがびっしり引かれた記事は、いまでもありありと思い出すことができる。
その中の一つに、「メディカルブレイン」という有志の医師が集まる団体があった。メディカルブレインでは、‘医者が主体の医療’に疑問を呈し、‘患者主体の医療’を考えるべく、出版やインターネットによる情報発信などを積極的に行っていた。強い衝撃を受けた和田は、早速コンタクトを取り、彼らの活動に参加することになる。
そしてこの出会いが1冊の本を生むきっかけとなり、和田は慶應義塾大学在学中に『おとぎの国病院たち――こんな病院あったらいいな」女子大生からみた病院の世界』を上梓する。なんともメルヘンなタイトルだが、中身を読んでみるとこれがなかなか面白い。

原点は、「こんな病院あったらいいな」

これらの体験や出会いが絡み合い、和田は、医療者としてではなく、ジャーナリスティックな視点で患者と医療者をつなぐ、患者視点の立場から医療をサポートしていくという道を突き進んでいくことになる。
「こんな病院あったらいいな」から始まった一人の女子大生の挑戦は、患者情報室の設置や患者会の紹介など患者さんの“あったらいいな”を実現する市民団体『いいなステーション』の活動へと発展していく。

「不思議の国のアリス」にも負けないくらいの好奇心旺盛っぷりとパワフルさは健在。医療という一筋縄ではいかない現実の世界で、いまも変わらず「あったらいいな」を追い続けている。その原動力は、人が病気になったとき、不安にならないですむ仕組みを作りたいという純粋な思いだ。

和田ちひろさん/いいなステーションの活動

その1.患者会に関する情報提供

患者会情報をまとめた「病気になった時すぐ役に立つ 相談窓口・患者会1000」(三省堂)、「全国『患者会』ガイド2004」を出版。2007年には、がんの患者会に特化した「がん!患者会と相談窓口全ガイド」を刊行している。いいなステーションのホームページからも病名から患者会が探せるようになっている。

その2.患者情報室の整備

自分や家族が病気になり「病気や治療法について詳しく知りたい」と思ったときに、大切な役割を果たすのが「患者情報室」だ。 いいなステーションでは、病院内に患者に必要な医療情報を提供する「患者情報室」の立ち上げからボランティアの募集、詳細な選書作業、現場マニュアル、患者会との連携にいたるまで、全面的に運営をサポートする。

例)独立行政法人国立病院機構長野病院「ホっとらいぶらり・長野」

その3.患者講師の育成

自身の闘病経験を役立てたいと考える患者さんと共に、主に医療系学生に患者の生の声を伝える活動を行っている。 2005年から東京医科歯科大学の新入生オリエンテーションにおいて、患者講師として延べ20名以上が参加。 その活動の一部は「患者の声を医療に生かす」(医学書院)に紹介されている。 また、大同生命厚生事業団の研究助成により、全国80の医学部を対象に患者講師の必要性に関する研究も行った。

その4.患者の視点からの情報発信

年に30回程、主に医療者を対象に医療を受ける側の視点から医療に望むことなどを講演している。 また、厚生労働省や東京都、横浜市などの委員会に学識経験者として参加し、医療を受ける立場から発言している。

例)厚生労働省・総務省遠隔医療の推進方策に関する懇談会、厚生労働省医療施設体系のあり方に関する検討会委員、東京都医療情報に関する理解を促進する会委員、横浜市医療安全推進協議会委員

その5.医療安全への患者参加に関する調査・研究

医療を受ける患者の視点から医療安全に関する研究を行っている。 2005年には、「患者と減らそう医療ミス―患者は安全パートナー」(エルゼビア・ジャパン)を翻訳。 現在はライフサイエンス研究所から研究助成を得、「患者は医療の不確実性や治療リスクをどう理解しているのか」という課題に取り組んでいる。

和田ちひろさん

和田ちひろ (わだ・ちひろ)

患者さんのあったらいいなを実現する市民団体『いいなステーション』代表

1972年、愛媛県生まれ。
1995年、慶應義塾大学文学部卒業。
1998年、同大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
杏林大学保健学部助手時代に、患者会と出会う。より多くの患者さんに患者会を知ってもらいたいと思い、 「病気になったときすぐ役に立つ相談窓口・患者会1000」(三省堂)、「全国『患者会』ガイド」(学習研究社)を刊行。 東京大学医療政策人材養成講座特任教員を経て、「がん!患者会と相談窓口全ガイド」(三省堂)を刊行。

現在は、厚生労働省医療施設体系のあり方に関する検討会委員、財団法人正力厚生会専門委員会委員などを兼任しつつ、 患者さんの「会いたい」「知りたい」「役立ちたい」という思いに応えられるよう励んでいる。 昨秋、父が脳出血で倒れてから医療者はもとより先輩患者さんからの情報、闘病記の存在に励まされている。

URL / いいなステーション【 http://www.e7station.com/

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