【THE仕事人】天野 慎介さん

悪性リンパ腫患者・家族連絡会 NPO法人『グループ・ネクサス』理事長

‘とにかく並々ならぬ情報通’で知られる天野慎介さん。
全国的な活動を展開する悪性リンパ腫の患者会「グループ・ネクサス」を代表として率いるだけでなく、数多くのがん医療に関連する審議会等の患者委員の肩書きも持つ。
2000年、27歳で悪性リンパ腫を発症するまで医療には無関心だったとは誰が信じるだろう?

入院中に実感した、インターネットによる情報格差。

まさか20代でがんを発症するとは寝耳に水。天野さんの悪性リンパ腫との闘いは、インターネット、図書館、できうる限りの手段を使い、病気についてとことん調べることから始まった。

「知らないということがもたらす不利益と、知ることによってもたらされるショックでは、知らないことがもたらす不利益のほうが大きい」。

天野 慎介 さん

入院期間222日。患者さんたちとの出会いは、天野さんに強い信念をもたらした。
ある日のこと、同じ病室にいた高齢の悪性リンパ腫の患者さんが、とてもよい情報をもらったと嬉しそうに医師との面談から帰ってきた。その資料とは国立がんセンターのホームページをプリントアウトしたもの。天野さんがインターネットによる情報収集の初期段階でほんの数秒で得た情報だ。それを目の前にいる患者さんは闘病生活2~3年目にしてようやく手に入れている。情報を初めて得たということは、つまり、いままで自分の受けている治療について知らないままに、抗がん剤や放射線などの治療を受けていたということでもある。誰もがアクセスできるであろう情報にアクセスできない人がいる。インターネットというツールを持っているか否かで、これほどの情報格差が生じていることに衝撃を受けた。

こちらは、別の患者さんのエピソード。
がんを告知された同じ病室の患者さんに、インターネットで自分の病気について調べてほしいと頼まれた天野さん。調べ始めると、極めて難知性の高いがんで、予定されている手術後の5年生存率は、ある医療機関では数百人のうちほんの数名であることが判明した。このショッキングな情報を伝えるべきか否か。思案した結果、「素人が伝えるべき情報ではない。医者が伝えるべきだろう」と天野さんは後者を選んだ。
その後、手術を受けた患者さんは、合併症を併発し、厳しい闘病生活を強いられることとなった。もし、正確な情報を伝えていたら、異なる選択がありえたかもしれない———。いまなら、たとえ情報を伝えたことを非難されるとしても、情報を伝えることを選ぶだろう。患者本人が適切な情報を得て、自分自身納得をして、適切な治療選択をしていくということが大事と胸を張って言える。このときの後悔は、天野さんを患者会活動へと突き動かした原動力のひとつだ。

家族を思うがゆえの、情報の壁。

患者を情報から遠ざける大きな原因のひとつが、実は家族。
天野さんは医学生や看護学生を対象に、自身の患者体験を語る患者講師も行うが、必ず次の質問をする。「自分が50%の治癒とされるがんに罹ったら告知をしてほしいか」という質問には、ほぼ全員が「本人告知をしてほしい」と答える。
だが、「家族や大切な人へ告知してほしいか」と聞くと半数程度に減る。ここに患者が情報を得ていくことの必要性と難しさがある。
告知をしてほしくないというのは、家族に対するやさしさだが、自身の経験から言えば、告知をされていなくても、患者さんたちは自身ががんであることを知っているものだ。告知をしていない患者に対しては、医療者も傍から見ても明らかなほどよそよそしい。患者は患者で、告知をせずに気を遣ってくれている医療者や家族への配慮から知らないふりを続けてしまう。がんは治療成績は向上してはいるがまだまだ大変な病。だからこそ、医療者はもとより家族、恋人、友人、みんなが一致団結して、まさにチーム医療を行っていく必要があるが、告知すらされないとなればそれができない。たとえば、どうしてもやり遂げたい仕事があるからここまでは生きたいと思っても、自分の状況が正確に把握できていなければ、適切な治療を受けることもできない。抗がん剤治療も進歩しているがまだまだ副作用もある。移植などの強力な治療が原因で死に至ることもある。天野さんは「患者は知って、納得して、治療を受けるべき」と繰り返し強調する。

天野 慎介 さん

家族の問題で言えば、もう十分に生きたとQOLを重視し、積極的治療を望んでいない親に対して、親に生きていてほしいがために積極的治療を望む子供という図式が、高齢の患者によく見られる。子どもの思いを受け入れた結果、当人の意思が治療に反映されないというずれが起きることも少なくない。
誰にとっての満足か、誰にとっての医療か。患者本人が心から納得して治療を受けることの重みは、天野さん自身が誰よりも知っている。天野さんは移植後の再発を経験しているが、再発時にさほどのショックを受けずに冷静に受け止めることができたのは、移植を受ければ治療成績は上がるが、二次がんや不妊の可能性が高まること、移植をしても再発の可能性があることなど、適切な情報を得、きちんと納得して治療を受けられたからだと実感する。もちろん情報を知る権利と同様、情報を知らない権利もあってよい。だが、患者本人がダイレクトに情報を得られる環境、患者が知りたいと思った時に知ることができる、情報に容易にアクセスできる環境が求められる。

患者のプリミティブな悩みを解消する、患者同士の交流の場。

入院中、情報とともに痛感したのが患者同士の交流の重要性。年代を問わず、病気を抱えるもの同士が情報交換をし、交流をし、時に慰め合い、励まし合うということを実際に体験し、病棟にとどまらずこうした場の必要を実感した。そもそも患者が求めていることは、医療行為そのものだけでなく、日々の悩みを誰かに聞いてもらいたい、副作用があるが自分だけなのか、といったプリミティブなものであることが多い。医療者から見れば些細なことかもしれないが、これが患者にとって満足のいく医療、納得のいく医療という意味で重要なファクターを占めている。だが、医師不足など医療資源が限られる中、一人ひとりの患者に十分な時間を費やすことは不可能。また、外来治療がメインとなり、入院患者のように情報交換、交流の場が得られなくなってきたことで、ますます孤独に陥る患者が増えている。
医療者は医療の専門家だが、患者の悩みに関しては患者が専門家。ここに医療者と患者支援団体の協働の余地があると天野さんは考える。患者会による患者同士の交流の場の提供はその一つだ。グループ・ネクサスでは、いままでの東京・愛知・大阪・福岡の4都市に加え、2008年度は北海道・広島・沖縄へと開催の場所を広げた。いずれは日本全国津々浦々、患者がすぐにアクセスできる患者サロンの展開を視野に入れる。

患者委員として、5分に込める何十万人のがん患者の思い。

こうした実体験から、個人としても、グループ・ネクサスとしても情報の提供と交流の場の提供に努めてきた天野さんが、いま大きく関わっているのが政策提言。本当の意味で医療を向上させるためには必要不可欠と考えている。文部科学省のがんプロフェッショナル養成プラン、千葉県がんセンター倫理審査委員会や沖縄県がん診療連携協議会、厚生労働省のがんに関する普及啓発懇談会やがん対策推進協議会などの患者委員を務めてきた。
天野さん曰く「これらの委員がやれるのもがん対策基本法のおかげ。‘委員に患者、家族、遺族を入れる’という一文を入れるために、多くの患者さんや家族が時には文字通り命を削って活動を繰り返してきた。私が特別なのではなく、先人たちの努力があって、たまたまここにいるだけ」。

審議会などで1人の委員に与えられた発言時間は単純計算でほんの5~6分。この5分の中で何十万人というがん患者さんの思いを伝えなくてはならない。がん対策基本法ができ、患者委員が誕生したことで、がん医療に患者の声、市民の声を生かしていくということにおいて、明らかにフェーズが変わってきた。以前は、患者は一方的にお願いするだけの立場だったが、患者自身ががん医療に責任を持つ立場となった。がん対策推進計画やその実効性が不十分であったとしたら、行政や医療者だけでなく、自身も含めた患者委員にも責任がある。患者委員が当事者意識を持って、いかに適切に医療政策に関わり、医療者と協働していくかが重要になっている。患者委員としての重責を感じる日々だ。

天野 慎介 さん

しかしながら、この当事者意識は患者委員に止まらず、国民全体に求められていると言っていい。たとえば、よく言われる3分診療による患者の不満一つをとっても、単に医療者側を責めるだけでなく、患者側もなぜ求める医療が受けられない事態が起こっているのか、その背景まで考えなくてはならない。医師不足もしくは医療者の偏在、がんにとどまらず、産科・小児科・救急の疲弊・・・患者もなぜこうしたことが起こっているのか真剣に考えなければならないところにきている。様々な検討会や審議会に患者委員として関わっていて思うことは、極論を言えば、議論は出尽くしているということ。問題はなにをするか、どう制度を変えるかだが、突き詰めていくと、‘予算がない’に行き当たってしまう。国に頼らず患者支援団体が基金をつくるというムーブメントも一つの重要な視点だが、根本的には国からお金を入れるべき。そのためには、まず国民が日本の医療の現状を把握しなければならない。悪性リンパ腫になりたての患者が異口同音に言う「お医者さんも看護師さんも忙しそうで、本当に医療の現場は大変なことになっているんですね。初めて知りました」は耳にタコができるほど聞いた。健康であれば医療への無関心は仕方がない面もあるが、日本の国民は無関心に過ぎる。これだけ医療崩壊がメディアで声高に報じられていても、まだ関心が低い。究極的には選択の問題。医療は大変なことになっているが、それでも別の問題を優先するのか、それとも医療を優先させるのか。知っている上での選択であれば、それも仕方がない。だが、国民が現実を把握していなければ、適切な選択、判断とは言えない。
だから、まずは知ってほしい。

医療費問題も含め、悪性リンパ腫の患者会だからと悪性リンパ腫のことだけにとどまっていては、悪性リンパ腫を取り巻く多くの問題は解決できない。がん医療全体、医療全体、そして国を超えた問題として捉える必要がある。2009年3月に、ポーランドのワルシャワで開催された、がんのみならず疾患を超えた各国の代表的な患者団体が集まり、患者をいかに支援するのかについて話し合う国際会議に参加した際に驚いたのは、どの国の患者会も日本の患者会が抱えているような問題を抱えているということだった。いまや医療問題もまた一国にとどまらない。海外の患者団体と共同し、好事例を共有して、活動を進めていく視点が重要になってきている。抜本的解決のため、天野さんの目は世界を見据えている。

情報社会にあっても、がんはまだまだブラックボックス。それは私たち国民自身がブラックボックスにしているとも言える。だから、まずは知ることから。一人が動けば変わることはきっとある。崩壊寸前の現在の日本の医療を救うのは、患者と医者の協働であり、その架け橋としての役割を担うのが患者委員や患者会と言えるだろう。これもまたよく言われることだが、がんは考える時間がある。患者が参加できる余地があるから、がんは医療を変えていくことのできる、ひとつのモデルになりうる。考える時間があるからこそ、変えていく力になる。がんから医療を変えていく。自身をいまある場所へ導いてくれた、何十万人ものがん患者さんの思いをサポーターに、明日のよりよい医療を目指す。

天野 慎介 さん

天野 慎介(あまの・しんすけ)

悪性リンパ腫患者・家族連絡会
NPO法人グループ・ネクサス理事長

1973年東京生まれ。
2000年に悪性リンパ腫を発症。
2002年より、NPO法人グループ・ネクサスの活動に参加、2005年より理事長。
厚生労働省や医療機関、各都道府県などの患者委員として重責を担う。

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