【THE仕事人】土橋 真理子さん 中禰 兼治さん

抗がん剤治療による脱毛のためのウィッグ・帽子専門店『髪の毛帽子WithWig』

髪の毛を失うショック、抗がん剤治療を受けた患者さんが異口同音に語る痛みのひとつだ。そこで紹介したいのが、髪の毛帽子専門店WithWigの土橋さん・中禰さん夫婦。抗がん剤の副作用や脱毛症の方のための髪の毛帽子をつくり始めてから、気付けばもうすぐ10年の歳月が経とうとしている。納得のいく商品をつくってきたという自負はある。だが、もっと患者さんに喜んでもらえる商品をと今日も試行錯誤が続く。

‘髪の毛帽子’の誕生―――ないなら、私がつくればいい。

土橋 真理子 さん

8年前、もともとヘアメイク&スタイリストだった土橋さんは、悪性リンパ腫を患った友人からこんな相談を受ける―――「フルウィッグではなく、毛先だけ髪の毛がついた帽子はない? 」。
土橋さんの友人がまさにそうだったように、抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けると外出する気力を失い、引きこもりがちになる。いざ、かつらや帽子を買いに行きたくても、既に髪の毛はない、だから外へは出たくないという悪循環に陥ってしまう。それに、通常のかつら(フルウィッグ)だとどうしても頭が蒸れてしまうし、何といっても高額だ。
土橋さんは友人の求める‘かつら’を探し回った。だが、納得のいくものが見つからない。

「だったら私がつくればいい」

土橋さんは、早速、女子高生が出入りするようなお手頃なかつらや付け毛を扱う店でかつらを購入すると、束ごとにばらして、帽子に縫い付けた。できあがった‘髪の毛帽子’をかぶった友人の、久方ぶりに見た満面の笑みはいまでも忘れられない。これでひと目を気にせず外出できるようになる。
なによりも嬉しかったのは、外出しようという前向きな気持ちや自分への自信を友人が取り戻してくれたことだ。

手作りから始まった、インターネットによる通信販売。

こんなに喜んでもらえるなら、必要としている人たちがもっとほかにもいるのでは、と考えた土橋さんは、インターネット上での販売をスタート。もちろんすべて手作り。本業の傍ら、文字どおり夜なべをして髪の毛帽子をつくる日々が続いた。次第に、病院で土橋さんの髪の毛帽子をかぶっている患者さんや、髪の毛帽子を使用している方がブログに書いた感想などの口コミを通じて、髪の毛帽子WithWigの評判は広がっていった。

職人気質、WithWigならではのこだわり。

商品化するにあたり、クリアすべき課題は山積みだった。
髪の毛帽子を商品として完成できたのは、夫の協力があってこそ。実は、土橋さんの夫、中禰兼治さんはグッドデザイン賞の受賞作品を多数手がける工業デザイナー。中禰さんの経営するプロイドというデザイン会社の中にWithWigはある。松下のコンセントなど見覚えがある方もいらっしゃるだろう。日常の中で中禰さんのデザインを目にすることは少なくない。
WithWigの主力商品である着脱式ヘアーピースは、夫婦のそれぞれの持ち味を生かしてグッドデザイン賞を受賞した、記念すべき作品だ。

土橋 真理子 さん/中禰 兼治 さん

寝る間も惜しんで髪の毛帽子を作る日々が2年半ほど続いた後、手作りではもう限界と判断した土橋さん夫婦は、量産への道を模索し始めた。
だが、なかなか量産を請け負ってくれる業者は見つからなかった。金銭面での折り合いが難しかったこともあるが、それ以上に、夫婦のこだわりに応えるには相当の力量が求められた。ようやく出会えた業者とはいまでもよきパートナーだ。

量産に踏み切る際に、元ヘアメイクの土橋さんが徹底的にこだわったのが髪の毛のライン。カーブのラインをいかに出すか、自然にあごに沿うのが理想だが、これが想像以上に難しい。髪の毛を縫い付ける台布に丸みをもたせ、ゆるいカーブを描いたラインにすることで、帽子に取り付けた時にきれいな髪の毛のラインが可能になった。
手作り期間も含め、到達するまでに3年の年月を費やした。

一方、工業デザイナーである中禰さんが力を入れたのが、帽子に髪の毛を取り付けるピン。限界まで薄く。5ミリを超えた途端に厚みが気になる。分厚いと頭にあたって帽子のサイズも変わってくる。だから5ミリは切る。ほんの数ミリの世界。それでいて、鬢皮を挟んだ状態で確実に留まらなければならない。実は少しストロークがあって、押さえると縮むようになっているため、少々分厚い生地でもパチンとはまる。だからそのストロークは欠かせない。研究を重ねた結果、4.7ミリの薄さを実現した。これがいま使っている樹脂の限界。
だが、いまのところトラブルが発生していない。ということはさらなる薄さが可能なはず。理想は、4ミリ以下の薄さ。工業デザインを手がけてきたプライドが覗く。

ピンの素材は、始めは金物を考えたが、かぶっている最中になにかの衝撃で頭に刺さってしまうようなことがあっては大変だからと即刻諦め、次に取りかかったのが樹脂。硬い樹脂で試してみたが、なかなか思ったものができない。最終的に普通の事務で使うダブルクリップに辿り着いた。それを切って閉じて、帽子の鬢皮、つまり取り付け部分に挟むとパチンと留まる。しかも、外周に沿った状態で鬢皮に差し込まれていき、ちょうど足袋の櫨(はぜ)のようになるため絶対に取れない。引っ張れば引っ張るほど密着する構造だ。 原理的にこれでいける!と心が躍った。かつらを使用するにあたり、ずれたり、取れたりすることはお客様が最も恐れていること。髪の毛をひっぱっても取れない、安心して使えるということは必須条件だ。市販のクリップだとパチンと留める部分は鉄にクローンメッキをかけたものだったが、そのままだとメッキが剥がれて腐食してしまいかねない。バネ性も必要だ。結局、純度の高いSUS304ステンレスに焼きを入れて、バネにした。これも中禰さんのオリジナルだ。

もうひとつの条件が対薬品性。
患者さんはいろいろな薬を使用している可能性があるため、薬品に強い樹脂が望ましい。そうなると必然的に使えるものは限られてくる。そして出会ったのが、ジュラコン。 インジェクション成型できる樹脂で、劣化せず、紫外線にも強い。ピンをよく見るとプロイドのロゴ。幾度も試作を重ね、やっと辿り着いたという証。このピンと台布のかたちで日米両国の特許も取得した。幸い沖縄から北海道までいろんな気候にも対応できているし、洗濯にも耐えうる商品が完成した。
だが、まだまだ改良の余地はある、と土橋さん夫婦は口を揃える。

新作は、インナーニット。お気に入りの帽子すべてに対応!

中禰 兼治 さん

お客様の声に応えているうちに、いつのまにかWithWigの商品も増えた。
新たに土橋さん夫婦が着手するのがインナーニット。いまの着脱は帽子の内側の鬢皮に取り付ける方式のため、鬢皮がないと付けられない。ニット帽に髪の毛を取り付けたいという声はよく寄せられていたが、いままでは直接縫い付けるしかなかった。だが、インナーニットならば、どんな帽子にだって対応できる。そう考えた末の新たな挑戦だ。オリジナルで通気性のよいインナーニットをつくり、鬢皮を付ける。ズレ防止のために、皮膚側にはシリコンのテープ。素材は皮膚にやさしいシルクプロテインを選んだ。ここにも土橋さん夫婦の気遣いが垣間見える。
家の中でも手軽に髪の毛を付けていたいという要望に応えるかたちで始まったのが、リボンウィッグ。襟足だけが見えていればよいという方に好評だ。好きな帽子にまつり縫いで取り付けるだけ。自分で好きに分け目を付けたり、長さを調整することもできる。最近では、小児がんの子供を持つ母親からの問い合わせも少なくないが、小さな子供だと軽さが重要。リボンウィッグをおすすめしている。
それから、バンダナ帽子。いまは量産しているが、以前は型紙から手作りしていた。バンダナをつくる際に注意したことは、頬かむりのように見えないようにすること。素材も最初は薄い生地でつくっていたが、お客様の要望が多かったことから綿でつくるようになった。三つ編み版もあるが、実はこれ、廃物利用から生まれてきたもの。まだウィッグを買ってきて、それをバラして作っていた頃、中心部分が使いづらくて残ってしまっていた。とはいえ、そのまま捨ててしまうのも憚られる。三つ編みをつくったところ大好評。材料が間に合わなくなって、量産を決めた。

売れ筋は、カバーキャップだ。
メーカーに追加依頼をしなくてはならないほどの人気商品。消臭効果があり、吸汗性に優れている。完璧にオーガニックで作られた縫い目のないホールガバメント。ずれるという恐怖心だけは取り去りたいから、ぴったりとしたホールド感が出るように配慮した。脱毛が始まってすぐの不安定な時期も、これがあれば安心と、注文が絶えない。
お客様の要望にはできるだけ応えたいから、いまでも率先して自らの手を動かす。市販の帽子バンダナにWithWigの髪の毛取り付けてほしいとの依頼を受け、土橋さんが直接取り付けて送り返してあげたこともある。ただし、別注で髪の毛をつくってくださいという依頼だけはお断りしている。どうしても手作り感が出てしまい、量産したものほどの質が保てないことが理由だ。

おしゃれを我慢する必要なんてない!

いまは主にインターネットによる通信販売のみだが、インターネットは普及しているように見えて、まだまだ年配の方にはハードルが高い、と土橋さん。本当は患者さんが必要な時に手に取れるように病院内の売店やコンビニに置けたらと思う。だが、病院との連携はなかなかハードルが高いし、できるだけ安価にと考えるとネット販売がよいという結論に至る。始めはWithWigと言ってわかる患者さんは皆無だったが、徐々に認識されてきた。土橋さんのもとには、髪の毛帽子のおかげで前向きになれたという声が全国から寄せられる。中には、初めのがん発症で髪の毛帽子を利用していたが、5年後に再発し、また髪の毛帽子にお世話になっていますという方から、また元気になりましたとのお手紙をいただいたことも。同室の方がかぶっていらしてとてもよかったからとわざわざ電話をしてくださる方もいた。お客様からの反響がなによりも励みだ。
ちょっと髪の毛があるだけでも気分は変わる。体調や気分に合わせて、帽子だけでもよいし、髪の毛帽子をかぶってもよい。着脱式の髪の毛は、自分でもカットが可能。もちろん、美容室へ行ってお願いするものあり。だが、懇意の美容師がいないとなかなか難しい側面もある。土橋さんは美容師との連携も視野に入れている。いずれにせよ、フレキシブルに対応できる商品が一番の望み。あくまでも患者さんが無理なく日々を過ごす手助けになればよい。抗がん剤で髪の毛を失っても、おしゃれをしたいという気持ちを我慢する必要なんかない。患者さんには、いままで以上に自分に合ったスタイルを楽しんでもらいたい。だから、これからも本当に喜んでもらえる商品を作り続けたい。髪の毛を失った哀しみをそっと包む、手作りのやさしさはそのままで。

土橋 真理子(つちはし・まりこ)

髪の毛帽子WithWig代表

1957年、大阪生まれ。 大阪のスタイリスト集団・コオズハウスを経て、フリーのヘアメイク&スタイリストとして8年間活動後、洋裁学校に2年間通う。その後、夫・中禰兼治さんの経営するデザイン会社プロイドにて勤務。

中禰 兼治(なかね・けんじ)

株式会社プロイド代表取締役

1951年、北海道生まれ。工業デザイナー。 株式会社D産業デザイン研究所、株式会社福田武環境デザイン研究所を経て、1989年より現職。 日本デザイン振興会グッドデザイン賞受賞(1991年、中小企業長官特別賞、1996年度・2000年度、ロングライフデザイン賞)。
1998年、ニューヨークナショナルデザインミュージアム「UNLIMITED BY DESIGN」にデザイン選定される。

髪の毛帽子WithWig

抗がん剤治療で髪の毛を失った友人のために髪の毛帽子をつくり始めたことがきっかけで、2000年、髪の毛帽子WithWigを設立。着脱式ウィッグを中心に、抗がん剤の副作用や脱毛症などの病気で髪の毛を失った方のための生活改善グッズの開発・販売を行う。

  • 髪の毛帽子WithWig商品取り扱い店
  • ◇株式会社VOL-NEXT
  • がん患者サービスステーションTODAY!
  • 東京都港区南青山2-4-6 クレセント・プラザ203
  • TEL:03-3408-4035(完全予約制)
  • 株式会社VOL-NEXT
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