【THE仕事人】小林 光恵さん 加藤 ひとみさん
乳がん(ほか)女性患者用下着専門店『ブライトアイズ』
‘乳がんの方の心とからだをケアする下着’専門店、ブライトアイズ。
創始者である小林さんと加藤さんの美人姉妹の登場――――
『ブライトアイズ』。既にお気付きの方もいらっしゃることだろう。
そう、姉・光恵の光からとった‘ブライト’と妹ひとみからとった‘アイズ’を組み合わせた。まさに、彼女たちの会社にふさわしいネーミングといえる。
始まりは、乳がん。
夫のすい臓がんによる病死から3年。まだ小学生という幼い娘2人を抱え、ようやく悲しみを乗り越えつつあった1997年のこと、思いがけない出来事が加藤さんを襲った。乳がん。夫を亡くしたストレスもあったのだろう。幸い、早期発見だったこともあり、温存も可能だったが、幼い娘たちのために万全を期して、迷わず右の乳房を切除することを決意、手術に踏み切った。
しかしながら、片方の乳房がない喪失感は想像以上。もともとお気に入りのシャツには自分でカップをつけてしまうなど、窮屈なブラは大の苦手だった加藤さんが、寝るときもブラを外せなくなった。生々しい傷痕を見たくないという思いはもちろんあったが、肋骨と皮膚だけになった切除側は、外部の衝撃を直に受けてしまいそうで不安だった。保護する意味でもブラが欠かせない。だが、市販のブラはたとえ乳がん専用を謳っていても、通常のブラにパッドが入れられるようになっている程度。腕をちょっと動かすだけでずれ上がるし、手術痕に縫い目や金具が触れて痛い。しかも、シリコンパッドは、不自然な重さが負担になる上に、高価格だ。
それでも、ブラを外すことができない。
健康な乳房にブラはいらない。逆転の発想が生んだ片胸ブラジャー。
そんなジレンマを抱える中で浮かんできたのが、「右の乳房の傷は隠したいけれど、健康なほうはそのままでいいんじゃない?」というアイデア。早速、前ホックのブラの健康な側のカップ部分と片ひもを切り取って、手術をした方のみを覆う片胸ブラジャーにしてみた。片胸ブラの完成だ。こうして加藤さんにもたらされたのは、外面だけでない内面からのケアだった。
がんとともに生きる上での肉体的精神的ダメージは、小林さんにとっても他人事ではない。実は小林さん、加藤さんの数年前に子宮がんを患った。同じ患者として、妹の苦しみが手に取るようにわかるだけになお辛い。加藤さんの笑顔に、「ひとみにとってよいものは、ほかの乳がん女性たちにとってもよいものであるに違いない」と確信した小林さん。1999年、ふたりは、がん保険を資本に、右と左を別々にできる片胸ブラジャーの商品化を本格的に始動する。
ツーピース・ブラの誕生。
家に帰ったら、ブラを外してリラックス。女性ならわかってもらえるだろう、あの解放感。24時間ブラを手放せず、窮屈な生活を余儀なくされている乳がんの女性に、内と外、両面からの美しさを手に入れてほしいという小林さん・加藤さんの思いが、ついにかたちとなった。摘出した側の胸にこそ、ブラ。見た目に美しく、快適さも手に入れる。『ツーピース・ブラ』の誕生だ。
こうして始まったふたりの挑戦だったが、いま振り返ってみれば、「よいものをつくれば勝手に売れると思っていた。考えが甘かった」と口を揃える。初めの数年は赤字が続いた。小林さん夫婦の家がある長野県上田市に事務所も構えたが、採算が合わない。およそ5年で閉鎖、乳がん発病以来、小林さんの近くに身を寄せいていた加藤さん一家が、娘の大学進学に合わせて東京へと戻ることをきっかけに、長野と東京、それぞれの自宅を事務所にした。数年前に念願の黒字化を達成。道のりは決して平坦ではなかったが、「もうけにならなくてもやらなければならないこと」がブライトアイズのモットー。「乳がん患者の女性のために本当によい下着を」というふたりの信念が揺らぐことはなかった。次第に口コミなどで広がり、いまでは日本各地から寄せられる注文に慌しい日々を送る。
バスタイムカバーで、温泉に入る楽しみを!
乳がん患者が奪われる楽しみの一つに、温泉があることをご存知だろうか。
温泉は日本人にとっては、とても身近な娯楽。家族や友人と一緒に年に一度は温泉に行くという方も少なくないだろう。小林さん・加藤さんが拠点とする長野は有数の温泉を抱えるお土地柄でもある。自身も含め、温泉に入れない、もしくは人目を忍んでこそこそと入らなければならないと嘆く女性たちの声に、またもや姉妹は立ち上がった。こうして入浴中も着用可能な下着の商品開発が始まる。着たままからだが洗えて、温泉にも入ることができる。しかも、湯上り後は脱がずにそのまま服を着用できる。素材やデザインなど試行錯誤が続く。なんといっても、衛生面には徹底的にこだわった。信州大に下着に残るせっけんの分析を依頼し、結果的に、長野県から衛生上の問題がないとのお墨付きをもらう。こうした難題をクリアして実現したのが、『バスタイムカバー』。商品の仕上がりには満足だったが、発売後に新たな課題が浮上する。
バスタイムカバーは日本で初の入浴着であったため、一般に認知されておらず、着用者に無遠慮な視線が向けられたり、日帰り温泉で使用を断られるケースが発生した。せっかく人目を気にせずに温泉に入れるようになるはずが、これでは本末転倒だ。小林さんと加藤さんは、当時知事であった田中康夫氏に県民が県政への意見や要望などを直訴するために設けられた「ようこそ知事室へ」に何度も応募を試みた。が、反応はない。それでも、商品をつくった以上は責任があると応募を続け、ついに田中康夫元知事との面談が叶う。
ブライトアイズの「バスタイムカバーの温泉施設への周知と一般の方々への認知の促進をお願いしたい」という要望が聞き届けられ、県内の温泉に約10,000枚のポスターが配布されることとなった。こうした動きは、全国の温泉地で徐々に広まりつつあるが、まだまだ認識は薄い。すべての温泉地にポスターが貼られる日を願いつつ、単に商品を売るに止まらない活動を続けるのが、ブライトアイズ、光恵さんとひとみさんだ。
卵巣がん、転じて、髪付き帽子。
乳がんから10年。患者としての不安からも解放されつつあった加藤さんだったが、昨年末、卵巣がんを発症。そろそろ10周年を迎えるブライトアイズが、さらなる飛躍を決意していた、まさにそのとき。
「これからなのに・・・」と目の前が暗くなった。転移か原発がんか、10月から12月まで3ヶ月にも渡る検査が続く。幸か不幸か、原発がん。手術をして切除してしまえば、その後の経過は明るい。とはいえ、自覚症状が全くなかったにもかかわらず、発見されたときにはステージⅢ。「比較的、自身で気が付いたり、検査が行われやすい乳がんや子宮がんと違い、卵巣がんは気付きにくい。子宮の検査までは行われたとしても、その時点で問題ないと安心してしまうことも少なくないのでは」と加藤さん。ピンクリボン活動などにより一般に知られるようになってきた乳がんと異なり、子宮がんや卵巣がんへの認識はまだまだ低い。乳がんだけでなく、ますます増加しつつあるこれらの女性がんのことももっときちんと知ってほしいと力説する。つい最近まで抗がん剤治療を受けていたとは思えないパワフルさだ。
「二度目のがんを告知されて、こちらは不安でいっぱい。自分が生きるか死ぬかのときに、早速商品開発に取り組んでいるのには、呆れてしまいました」と苦笑しながら小林さんが見せてくれたのは、髪(人毛)付き内帽子と手編み帽子。
手術後の放射線治療は、副作用もほとんどなく、逆に驚いたほどという加藤さんだが、ひとつだけ、覚悟をしていてもショックを隠しきれなかったのが、髪の毛。「徐々にではなく、3日間くらいで一気に抜けきってしまったんです」。また生えてくるとわかってはいても、いま現在、髪の毛がないという喪失感は耐え難い。患者の立場に立った商品開発を日頃から心がけているが、やはり実際に体験してみなければわからない視点や感情がある。ツーピースブラを生み出したときの初心が蘇った。心までも軽やかにするのがブライトアイズの商品。加藤さん自身、フルウィッグが必要なこともあるが、より快適さを求めるなら、通気性のよい、髪付の内帽子に帽子の組み合わせがよいと痛感した。自分の体験をフルに活かして、帽子のサイズや髪の毛などに改良を加えた『髪(人毛)付き内帽子』は、胸を張って自信作といえる。
商品に触れてみれば、ブライトアイズの心意気はすぐに伝わる。素材やデザイン、細かなところまで配慮がなされた商品たちは、小林さんと加藤さんだからこそ生み出せた、きらきら輝く子どもたちだ。今日もがんとともに生きる女性たちが、瞳の奥から真の輝きを放てるよう、そっと近くで見守っている。
















