p-con さんの体験エッセイ

ライフパレットがオープンして間もない頃から、投稿を続けてくれているp-conさん。
これまで、p-conさんの思いやり溢れるコメントに、励まされた方も多いのではないでしょうか。
ここでは、p-conさんがこれまでに罹った病気の経過、仕事への思いを綴ったエッセイをご紹介します。

仕事と病気とその想い

闘病の始まりは何時から? と思うくらい長く感じる。

さて、社会人になって罹った大きな病気。
まずは自律神経失調症。原因不明の病気には大抵これが付く。 原因不明の緊張感の持続から来る過労で倒れたのが一番初めのイベント。 精神科2カ所で、鬱の症状と言われるが、薬に過敏で抗うつ薬が使えない。
そんな状態で自己暗示による治療を開始。

十数年掛り精神も落ち着いてきたが、その頃になってようやく症状が判ってくる。 平衡感覚異常。床が波打つように見えるので吐き気もでる。車酔いのようなもの。 それも落ち着いてきて、症状が固まり右に傾いた感覚のみになり、一息ついた頃には過食でポンポコリン。

その中、循環器の権威の先生から、精密検査を受けるよう指示が来る。
そこで若い先生から検査を受けたが、最終的には「悪い、とても悪い」、「何時入院できる?」と流れ出す。 虚血性心不全の疑いで、心臓に針を入れるカテーテル検査。 受けたら、予想外の展開となり、心臓の内壁左心室から検体を摘出。

結果、拡張型心筋症確定。治療を受けるか受けないかはご自身の判断。但し受けなければあと5年くらいかな。 受けなきゃ間もなくお迎え来るよと言われているようなもの。 治療に入るのが早ければ回復も順調に行くらしい。病気の状態は変らずだが、生き残った心筋が復活するそう。 導入治療も花畑へ行きかかり、フロアーの看護師さんから監視される日々。
我慢強すぎる・・だそうな。本人その気なし。

ここまでの間、仕事場では最初の神経のトラブルで、自分は異物のような感覚に陥る。 周りは元気で動いている。自分は動けない、判断する緊張感を維持できない。 当然、この状態を理解できない先輩上司から怒鳴られる。
心臓の治療開始後、初出社で無茶させられて翌日から数日安静が必要になる。

その後も続き、半分やけになったら仕事場に独りで居るときに倒れる。作業台の上でなかったことが幸いする。 仕事の負荷を減らして貰えるように手配されていても、動けると見られると負荷の高い作業に回される。 見た目が普通と変らないから、現場に戻ったから、同じことができるはずと思われた。
先に指示された仕事をキャンセルして、他の仕事に行けと言う。自分から見るともう無茶苦茶。 でもこれが現実。出来る範囲で対応した。無理な物は無理と言えるようになっていった。
加えて自分のことを職場の異物以外の何者でもないと、より強く感じるようになった。 必要なところへ必要な人材を配置できないというジレンマが上司にも有っただろうと思う。

その内血液がんの疑いが掛り、職場を離れた。デスクワークに移動する。
そこは3ヶ月の研修と資格審査をパスできただけで、リンパ腫の入院加療に入ってしまう。 こうなるとこの職場でも陽炎の様な存在。 初回治療から2年半掛けてようやく復職。しかし1ヶ月少々で再発。 また半年掛けて治療。その後思うように回復できず、自宅軟禁が治療中も含め延べで1年近く続。
潰れても、諦めもせず好きな仕事・・当然給料も貰える・・へ向かって行きたい。

2010年に入ってから方針変更に思いが向く。
リンパ腫の治療開始から続く痛みが引かず、強くなる傾向が出てきたこと。 鎮静剤も効果の強い物を補助に使用するまでになった。 乗り物での移動が苦痛になり、通勤に無理がある。全体に回復・・してこない。
それに合わせたかの様に、早期退職の募集が来る。このまま行っても12月には自動的に退職になる。 ならば、家族の為に条件が少しでも良い状態で退くのが一番と考えた。

もう直ぐ、無職透明となる。でも人生まだまだ。
何か出来ることがあるはず。それを探すのもまた一興。そう思う今日この頃である。

p-con


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