ホスピスとは何か

細井 順先生
財団法人近江兄弟社ヴォーリズ記念病院ホスピス長

ホスピスはあと1日のいのちを与えるとはいわないが、
その1日にいのちを与える(小原信著「ホスピス」より)

筆者の医療者としての歩みを振り返りながら、上記のテーマについて考えてみたい。

外科医の時代

筆者は、外科医としてがんの治療に携わってきた。手術でがんを治したと思う患者さんにも出会ったが、何で悪くなってしまうのと思わざるを得ない患者さんにも数多く出会ってきた。そういう出会いの中から、がんを治すことができなくても、医療者として患者さんと最後までしっかりと関わる道はないだろうかと思案するようになった。その結果としてホスピスと出会った。

その時の私のホスピスの理解は、死を支える医療というイメージだった。死んでいく患者さんをどのように慰め、励まして穏やかな死に導けるかを考える医療であった。外科医をする一方で、そのような医療についての関心が次第に深まっていった。

父親のがん

死にゆく患者にどう向き合うべきかに悩みながら外科医として働いていたころ、父親に胃がんが見つかった。手術をしたが手遅れの状態であり、家族のひとりとして筆者もターミナルケアを経験することになった。最後の6日間をホスピスで過ごした。その時に患者家族として初めてホスピスを体験したのである。

ホスピス医の態度に目からうろこが落ちる思いであった。まず、患者さんの訴え、気持ちを聴くというところが、自分の外科医として行っている医療とは全く正反対であることに気づいた。患者を理解しようとしているところが大きな違いであった。外科医なら患者の理解より、病気の診断・治療を優先する。病気を患った患者の気持ちを考えることなく、痛みを伴う検査や治療をしてきた。そのことを強く思わされた。
また、ホスピスではスタッフの誰もが患者に近く、目線を合わせて話す。まるで昔からの顔見知りであるかのように親しく接してくれた。

ホスピス医となる

父親が亡くなった後、筆者はホスピス医になることを決断した。
ホスピスでの経験から、医師としてのあるべき姿に触れたと感じたからである。外科医として治療に携わることを希望する医師は沢山いるが、治療が困難な時に、その困難さに寄り添う医師は少ないと思ったからである。

それからはホスピス医として死が間近に迫った人たちの苦しみを除く手だてをいろいろと学んだ。痛みを除く薬の使い方、息苦しさを取り除く様々な方法、お腹の張りや吐き気を除く手段など、外科医の時には関心も少なく、全く知らないですごしてきた苦痛緩和の方法が沢山あることを知り、深く反省させられた。
病気にばかり焦点を当てて、患者を苦しめていたことに気づいたのである。

みずからもがん患者になる

5年前に筆者自身も腎癌と診断され、右腎摘出術を受けた。
手術後特別な治療は何も行わず、ただひたすら悔いのない一日を過ごすことを念頭に過ごしていたら5年が経過したという感じがしている。5年は一つの区切りではあるが、これで治ったわけではない。いつ再発するか安心はできないし、また別の部位にがんが発見される可能性もある。

がんを体験したホスピス医として、今日も患者さんと向き合っているが、心構えとしては、「共に時を過ごす」ということである。医療者として、死にゆく患者さんに何かを提供したいという気持ちよりも、同じ死にゆく者同士として、「お互いさま」という心境で、その苦しさや、やりきれなさにつきあっているという状況である。

医療者として痛み止めを使ったり、その他の医師という資格で周囲を動かすことはする。それは、まず同じ弱さを持つ者同士としての、心のつながりを感じてこそ効果が上がるものではないかと思う。死にゆく人たちの傍で思うことは、ひとりでは生きることはできないし、ひとりでは死ねないということである。ひとりぼっちにさせないという姿勢こそ、死にゆく人たちにはもっとも大きな力になる。

私たちは必ず死ぬ。しかし、どうしたらよく死ねるのか、この質問に的確に答えられる人はいない。
ホスピスで学ぶことは、よく生きてこそよく死ねるということだ。よく生きてもらいたくて、ホスピスでは苦しい症状を取り除き、その胸の内を聴く。悔いのないようにその日を過ごすしかよい死を迎える方法はない。

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