小倉恒子先生からのメッセージ「抗がん剤は怖くない!」

2月上旬、緊急入院をした小倉恒子先生の病室を緊張しながら訪れたものの、内心拍子抜けしてしまった。顔色も良く、お肌もツルツル。
思わず「先生、美しいですね」とこぼしてしまったほど。もちろんお世辞なんかではない。一時は熱が続き、大変な状態だったとは思えない回復ぶりに、さすが小倉先生と唸ってしまった。

抗がん剤は味方

2009年12月、「乳がんの女医が贈る 乳がんが再発した人の明るい処方箋」に続く第2弾として、がん患者(とりわけ乳がん患者)のカリスマ的存在ともいえる小倉恒子先生が、「怖くない抗がん剤」を出版した。副題は「うまく使って、うまくかわす!」。このタイトルに先生の思いのすべてが込められている。

がんが全身転移をしながらも、抗がん剤を強い味方につけ、いまこの瞬間も乳がんという病気とがっつり向き合う小倉先生は「抗がん剤を見ると安心する」という。「まだまだ闘える」と思えるからだ。

そんな小倉先生が「怖くない抗がん剤」を世に送り出すことを決意したのには、抗がん剤の副作用を恐れ、正確な知識を得ることなしに拒絶してしまう患者がいるという現状に対して、「抗がん剤は味方」というメッセージを贈りたかったから。
そして、世界にはまだまだ闘える抗がん剤があるのに、国内で承認されていないために使えないというドラッグラグの問題ががん患者を阻んでいることを一人でも多くの人に知ってもらいたかったから。

抗がん剤治療薬「アブラキサン」への期待と未承認薬の現状

実際、小倉先生は「アブラキサン」という抗がん剤に期待を寄せているが、まだ日本では承認されていない。
現在の日本では、未承認薬の使用は主に治験への参加か医師の個人輸入くらいしか道がないのが現実。しかも、個人輸入を行ってくれる医師や医療機関はかなり限られている。経済的負担も大きい。

だが、小倉先生には、承認薬の中にもう闘える武器は残っていない。そこで、ついに最後の砦として、個人輸入を決意。入院する病院では治療が行えないため、一時退院をして、自宅で治療を行う道を選んだ。この抗がん剤は4月には承認されるのではと言われているが、先生の言葉がずんと耳に響く。
「あと2カ月、なんとかそこまでつなぎたい」。

イメージに惑わされず、抗がん剤の正しい知識を

うまく使って、うまくかわす。抗がん剤を味方につける。小倉先生の自身の経験から導き出された一つの答え。もちろん、どんな治療法を選択するかはその人自身が決めること。

だが、イメージが先行してはいないか? 判断できるだけの適切な知識は身につけているか?

小倉先生のこれらの本はそのことを問い直すよいきっかけにもなってくれるだろう。がん患者へ(そして、国民の2人に1人ががんになる時代に、いずれがん患者になりうる予備軍の私たちにも)届けたい小倉先生からの渾身のメッセージだ。

2010年3月19日、小倉恒子先生は永眠されました。
謹んで、ご冥福をお祈り致します。


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うまく使って、うまくかわす! 怖くない抗がん剤 (主婦の友パワフルBOOKS)

『うまく使って、うまくかわす!
怖くない抗がん剤』

  • 小倉 恒子著
  • 出版社:主婦の友パワフルBOOKS
  • 発売年月:2009年12月
  • 本の詳細を見る
小倉 恒子 先生

小倉 恒子(おぐら・つねこ)

耳鼻咽喉科医

1953年、松戸市生まれ。
1977年東京女子医科大学卒業後、順天堂大学医学部耳鼻咽喉科医局に勤務。
83年より千葉県松戸市立病院勤務。
87年、34歳で乳がん告知を受け、手術により左乳房を切除。
93年より松戸市立福祉医療センター東松戸病院と平和台病院を兼務。
2000年、乳がん再発。
2003年より実家である小倉耳鼻咽喉科医院を兼務。
2005年、乳がん再々発。現在全身転移しつつも、現役医師としてフルタイムで勤務。1男1女の母。
公式ブログ『Will―乳がんとたたかう女医・小倉恒子の日記』
http://blog.goo.ne.jp/oguratsuneko

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